駄菓子文学館「今から30年位前になりますが…」

なつかしセット 駄菓子文学館

作者:KRさん(熊本県熊本市)

今から30年位前になりますが…
私の祖母は熊本市平田町の蓮台寺橋近くで駄菓子屋をしていました。祖母といっても、私の祖父の姉にあたる人ですが、ずっと一緒に生活していましたので、私は孫みたいなものです。
もう随分前に祖母は亡くなりましたが、当時駄菓子を買いに来ていた方からある日お手紙が届き(家の玄関に置いてありました)、そのお礼を言いたくて今メッセージを書いています。手紙にはこう書いてありました。

 私はここに昔あったお店に駄菓子を買いに来ていたものです。
 子供の頃、私はよくおばあちゃんの店で駄菓子を盗んではこっそり食べていました。
 少しですが、当時私が盗んだお菓子と同じくらいのお金を入れています。
 どうかおばあちゃんにお線香をあげてください。お願いいたします。

名前も住所も書いてありませんでした。
祖母には子供がなく、戦争で夫とも死別しておりましたので駄菓子屋を通して子供たちと話すのが何よりも楽しみでした。
当時は女性が独りで生きていくことや、母子家庭の生活をするには今よりずっと厳しい時代でした。私の記憶では、祖母は母子家庭の子をこっそり呼び寄せては店のお菓子をあげたりしていました。
「お菓子も買えん(買えない)なんて、かわいそか…」と言うのを聞いたことがあります。
紐のついたイチゴ飴やすずめの卵を他の子に気づかれないように手に持たせるのです。
糖尿病で入退院を繰り返すようになったため、お店を閉めました。元気になったら、また始めるつもりで…
ですから退院した翌日には、真っ先にお店を開けたのです。子供たちの笑い声が聞きたくて…
でも、時代は残酷なほどのスピードで流れていました。
町には自販機が当たり前のように置かれ、八百屋も魚屋も消えていきました。あれほど賑わっていたおばあちゃんの駄菓子屋には子供たちは来ませんでした。
それでも祖母はお店に座って待ち続けました。
「私はどこの墓に入るんだろか…?」そうたずねるようになったのはその頃からです。祖母はボケました。
「子供が寒い寒いって言いよるけん、家に入れてやらなん」といって手招きします。祖母にはハッキリと見えるようでした。
祖母が亡くなってもう20年になります。お手紙を下さった方、そして、当時お菓子を買いに来てくれていた皆さん、どうもありがとうございました。

COMMENT = 5年位前、私は祖母との思い出を書き残しておきたくて「駄菓子屋のお婆ちゃん」というタイトルで文章にしました。これから少しづつmixiにのせたいと思っています。よかったら読んでください。
私は今年の6月「NHKのど自慢」熊本大会に出場した際、前日のインタビューシートに この話を書きましたが、NHKのスタッフノ方から「大変いいお話ですが、インタビューの時間が一人数十秒しかありませんので残念ですがご紹介出来ません。」と言われました。こちらに載せていただけると嬉しく思います。
 
【第7回駄菓子文学賞 ドラマチックで賞 2014年4月】

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